センシブルブログ

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節電の夏、日本の家へ

2012.06.26 Tuesday 13:50 | takaki

いよいよ、西日本(九電管区)も計画停電の受難に甘んじることが決まりました。昨年までの東電管区でのそれはどこか他人事でしたが、今年はとうとう我が身のこととなりました。個人的にはこの受難を、受け入れたいと思っています。これからの私達の生活スタイルや、その器=家を考えていくために前向きにとらえることができるようになりたいと思っています。

では、皆がスマートハウスのように、オール電化+太陽光発電+電気自動車になればよいか、という話になりますが、はたしてどうでしょうか。発電所から買う電気を減らすることが唯一の目的であれば、上記はすばらしいものです。しかし、電力消費をいやがおうでも意識しなければならないこのタイミングに、私達が思い起こさなければならないのは、生活の隅々に至り電気に委ねがちな考え方そのものではないかという気がしています。クリーンエネルギーで作られた電気であればあとはどういう生活を送ってもいいだろうか、という疑問です。

センシブル、という語の意味は、電気仕掛けのスマート生活に対して、ある種の冷静さを持っています。センシブル=「良識のある」は、太陽光発電したからOKではなく、いかに電気を用いずに、(夏であれば)涼しい生活を送れる器=家を設計できるか、というところから考え始めます。夏の太陽によって発電された電気によってエアコンが稼働される、まではスマートですが、心置きなくなくエアコンを駆使して体調を崩した、ということになれば、結末はスマートとはいえません。そのあたりを分別をもって判断しよう、ということで「センシブル」という語が持ち上げられることになりました。 
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トークイベント「スマートVSセンシブル」のお知らせ

2012.06.11 Monday 15:50 | takaki

6/16(土)17:00〜 赤坂MOKUZO(福岡市中央区赤坂2-3-32)にて、トークイベントを行います。(詳しくは、写真と文章/木正三郎    出来事/掲示板をご覧下さい。)

当日は、プロダクトデザイナーの下島啓吾氏をお迎えしてのジョイントです。大きく、「生き方」から「住まいのありかた」へ、そして日常を取り巻く「小さな道具」に至り、スマートであるべきか、センシブルに向かうべきかの問いを深めて参りたいと思っております。よろしければ、脚をお運びください。



センシブルハウス-その2

2012.05.08 Tuesday 22:06 | takaki

賢いことは良いことだ、ということで、あらゆるものが、賢い方向へ向かっています。スマートという言葉が、いろんなところで聞かれます。大きくは都市(スマートシティ、スマートグリッド)、小さくは、スマートフォン。もっと大きいものも小さいのもあるでしょうか。いずれにしてもそれらの中間にスマートハウスがあります。家がスマートになれば、家は家電屋さんの商品となります。大きな家電のような家を電気屋さんが売る、これが次世代の家です。なんとなく、この大きな潮流にのった方がよさそうな雰囲気です。一方、ちょっとまて、という臭いもただよいます。大きな流れが常に正しいわけではない、と勇気をもって、今一度冷静に見つめている必要があるかもしれません。

賢いことは、良いことではあります。しかし、賢くなるのは、人ではなく機械である、そこに問題が潜んでいるように思います。それに囲まれた人々は、賢くなくなるのではないか、という話です。(厳密には、創った人はやはり賢い。)人間が行っていた身体的な適応能力、頭脳力は、機械がそれを代行すればするほど、人間のそれは退行する。もちろん、この悪循環はスマート〇〇の時代に始まったことではなく、少なくとも産業革命が始まった17世紀ぐらいを起点にさかのぼれるのかもしれません。しかし、機械が人の単純な肉体労働や、単純な頭脳労働を代行していた工業化時代はかわいいもので、今はスマートの時代、人間の能力の立ち位置を根こそぎ奪う、これが現代のテクノロジーの凄さでもあります。

であるからこそ、家は、賢さだけでなく、もっと思慮深い(センシブル)ものであるべきではないか、と今、考えを巡らせています。単純に、人の要望に応えるだけでなく、深く人のことを考え、時には、人の要求を鵜呑みにせず、彼がじっくり能動的に動くのを待つようなスタンスも必要ではないでしょうか。人が生きるその生活の器とは、ちょうど、親が子を思うように、思慮深くあってもよいのではないかと思うのです。家は、住まう人と、長い間、しとやかに関係を持ちつづけるからです。


センシブルハウス-その1

2012.04.23 Monday 10:23 | takaki
例えば、F1レースとマイレージレースの両極。ジェット機とグライダー、モーターボートとヨット。それぞれ、両方とも乗り物ですが、大きな対極を成しています。前者がエネルギー、スピード、人工、科学、技術、産業、経済、といったものを想像させると、後者は、代わりに脱エネルギー、自然、といったイメージでしょうか。皆さんは、どちらになじみがあるでしょうか。もちろん趣味や仕事としてであれば、どちらもありでしょうが、第三者の関心事として、なにかにつけて見聞きするのはおそらく前者ではないかと思います。後者より前者の方が、よりスピードがあり、強く、たくましく、英知を感じさせます。なんとなく、世の中の発展とか未来は前者が担っているというふうに感じられると思います。一方、これらのよりアクティブ(能動的)な物事に目線を奪われながらも、私達の世界には、その対極の静かなところで受動的(パッシブ)な物事の世界が必ずあります。

家作りにもおなじことが言えそうです。今、家作りの表舞台がどちらに向かっているかというと、上記でいえば、F1や、ジェット機、モーターボートと同じ考え方に沿って何処かへ向かっています。省エネルギーを目指しながらも、基本は、人間の欲求を無限に求める、これが大原則にある技術の錬磨です。家は大きな家電となることによって、賢くなろうとしています。エネルギーの無駄遣いを減らしながらも、エネルギーを消費することによって得られる快適性は損なわない。これが前提となっている家作りです。我慢しない省エネ、我慢せずに社会を持続させる、当面は、遜色のない受け入れられやすいシナリオをもって、家、あるいは住宅産業は大きく動いています。そのようなメインストリームに対して、明らかに異なる価値を持つ対極の家作りがありそうです。少なくとも家が家電化するというものとは別のところに価値を持っているのかもしれません。


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福岡の建築設計デザイン事務所
「建築工房」と「稲葉工務店」の
共同研究 “水と緑の家”
センシブルハウスプロジェクト

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